リボルバー

 あなたはいつだって絶対的な存在であり続ける。

 どちらかと言えばクールで、自分の意見をきっぱりと言うような人で。どこか大人びた雰囲気を持った人だった。
   あの頃の自分とは、共通点や似ている所なんてなさそうな人だった。
 同じクラスで、席がとなり。ただそれだけで、特に話をすることもない。
 いきなり世間話をできるほど社交的ってわけでもなくて、共通の話題みたいなものも思いつかないような感じ。
 それから1ヶ月後ぐらいにちょっとした変化が訪れる。
 あの人の机の上に置かれていたCD。自分も持っていたし、好きなアーティストのものだった。
 話しかけたのは私から。自分が好きなものを、他の人もいいと思ってるなんてちょっと嬉しい。そんな気持ちが後押ししたのかもしれない。
 それから少しずつ話しをするようになって、世間話もするようになった。
 そのうち誰にも話したことの無いようなことも話せる相手になった。相手がどう思っていたか、今考えてみてもよくわからないけれど、私は信頼していたんだと思う。
 一緒に居ることが心地よく、楽しかった。

 周りに自然と人は溢れていたけれど、自分から声をかけた相手は案外少ない。

 きっかけは「好きな人ができた」と聞いたことにはじまる。
 その一言でスイッチが入ったんだと思う。なんでそこで嫌な気持ちになったのか。その時はまだよくわかっていなかった。
 ただ、ずっと引っかかり続ける。たまに会話の中に登場する「好きな人」の存在が、疎ましい。
 その人がどんな人で、今2人はどういう状態なのか。そんなことしか気にしていなかった。私からその人の話を振ることもない。
 きっと、あまり興味がないんだろうなと思われていたと思う。
 応援するわけでもなく、その割に妙な探りだけはちゃっかり入れてはいたが、たいしたことを聞くこともなかった。
 結局、自分でもその感覚や感情がなんなのかわからないまま、不安ばかりが日増する。
 その人に取られてしまうんじゃないかという不安。
 独占欲。
 友情。愛情も信頼もすべてそれで片がつく。独り占めしたい気持ちもその副産物なのか。
 今の関係を揺るがす疑問はただの気の迷いを通り越して、喉元を締め上げられていく一方だった。
 経験のある感覚。いつもなら簡単に答えが出るような問題。その答えを否定しながら問題を解こうとするから、本来の答えに行きつかない。
 悩みつかれて流されてしまった。認めたら楽になれるような気がした。そんなわけないのに。
 芯から押し潰されそうな痛みが、すべてを攫っていこうとする。
 他の何も選べない。もっていかれて、欲に塗れる。
 あの時私は、自分の欲求を満たすことばかりに捉われて、あなたを幸せにしたいなんて考えることもできなかった。

 あの人が書いた文字が好きだ。あと、手。声。躰のライン。撫でまわしたくなる。

 普通にしていたことが、やけに気恥ずかしい。
 声をかけるのにも緊張したりする。嫉妬心で友達失いかけたし。触れたいのに触れられない。
 その時の自分は必死だったせいか、自覚がなかった。じわじわと攻めるようにあなたに擦り寄って、指先から髪の先まで溢れる感情に溺れていた。
 友達のままなら、まったく違った先があったのかもしれない。そんなことを考えても不毛だけど。
 あなたはなぜ私のことを受け入れたんだろう。友人としての私を失いたくなかったから? それとも愛される立場に味をしめたから?
 私の気持ちへの埋め合わせとして、恋人ごっこをしてくれていたのかな。
 私の欲しかったものって結局何だったんだろう。
 常に付きまとう不安。私が欲しいと言わなければ終わってしまうような関係。
 先のことを考えると怖くて仕方ない。まだ訪れてもいない終わりに翻弄されて、手付かずの今が滅茶苦茶になっていく。
 あなたは居心地悪かっただろうな。素直に何でも言い合えるだとか、そんな相手じゃなくなっていたし。
 喜んでほしい。笑って欲しいと思っていてくれていたのに、それはご機嫌とりや気を遣うようなあなたの嫌いな関係に似て。

 どうしたらいいのかわからない。

 そう言われた意味を、自分のことを好きではないのだと思って。私たちに恋愛は成立していないのだと思った。
 そう思っても、それでも縋ればよかったのに。今までと同じように。
 あなたが私を想っていなくても構わない。構わなかったはずなのに。優しくされる度に期待してしまっていた。
 少しは私に情がわいているんじゃないだろうか。少しは放したくないと思ってくれてるんじゃないだろうか。
 少しはこっちに傾いていてくれているんじゃないかという期待。
 自分勝手なこの期待を裏切られて、自分勝手に疲れてしまった。
 こんなに捨て身で必死な恋は、したことがなかったから。
 ただ自分のことにいっぱいいっぱいで、余裕はどこにもなくて、緊張の糸がプツンッと切れたような気がした。
 もう、がんばれない。
 もう、がんばれない。
 泣き崩れながら何度もそう思った。
 私は親友も恋人もいっぺんに失くした。
 どうしようもない私の、最初から最後まで自分よがりな恋だった。
 どうしようもない気持ちを抱えたまま、ふらふらと何年か彷徨った後に、安心して穏やかに暮らせる未来を選んだ。
 ねぇ、届いた手紙には消印がなかったよ。そのことに気付けたのは、受け取ってから何年も後のことだった。

 これは罰なのか。

 どんな思いでここまで来て、ポストに投函していったの。
 ずっと会いたかった。会いたいって云えなかった。遠ざかるあなたを引き寄せたかった。
 ただ傍に居られれば良かったのに。溺れた私にそんなのどうしたって無理だ。
 誰に抱かれたって、誰かのものになったって、どうしようもなくあなたが好きで。

 あなたはいつだって絶対的な存在であり続ける。

 確信している。もしまた出会ってしまったら、今を投げ出して走り出す。
 もしもまた出会えたら、どんなことをしたって、どんな形でもいいから繋がっていたい。
 幾分変わった。多分、僅かでもましになってるはず。前より大事にできるから、あなたの胸に打ち込みたい。
 優しい気持ちばかり、全部。
 弾倉に弾はあっても、撃ちたいあなたはいない。
 水遊びでびしょ濡れなのは私ひとりで、今も風邪をひいている。熱っぽくてしようがない。






「リボルバー」
<02.04.19>

からの水鉄砲に
ドロドロした
感情流し込んで
貴方の胸に
撃ち込んであげる


消えないで
行かないで
此処にいて


からの水鉄砲に
トゲトゲした
感情流し込んで
貴方の頭に
撃ち込んであげる


消し去って
うち消して
傍にいさせて


水浸しな あなた
溺れてちょうだい


(詩集「リボルバー」より)



inserted by FC2 system